VTR を買った彼 (その1)
【 彼の口癖 】
「 小林さん、いいバイクは無いですかぁ 」
これは4~5年前からの彼の決まり文句だった。
彼の言う “いいバイク” とは、恰好の良いバイクでも、馬力の高いバイクでも、女の子にモテるバイクでもない。
走らせやすくて、速いタイムの残せるバイクの事だ。
その辺りのニュアンスは、14年以上のつきあいから充分に理解していた。
だから、いつも言っていた。
「 VTR, 250ccだけど、いいよぉ~ 」 と。
でも、いつも彼は本気にしなかった。
彼とは冗談を言い合う仲なので、それも冗談ととらえていたのか知れない。
だから、真剣に受け止めてもらえるように言った。
「 いや、メーカーのトレーニングコースでは、教習用の車両の中では、僕が乗って最速だったよ 」
【 よほど、不人気車? 】
よほど、彼や彼の知り合いの中では “不人気車” なのか、それでも信じようとしない。
困ったものだ。
「 僕も中古車を買って乗っているけど、乗りやすいし、色々な事を高いレベルでオートバイから教えてくれるから、練習用としても最適だよ! 」
その上で、現在販売されている最新の仕様ではなくて、10年以上前に販売されていた仕様の車両が一番良いと勧めても ・ ・ ・
「 え~~! インジェクション仕様がいいのじゃあないの? 」
「 タコメーターが無い仕様なんて! 」
そんな風に、ぼくが真面目に勧めている事を長年信じなかった彼だが、約一ヶ月前に VTR を購入した。
それも、僕が知り合いの中古車業者の斡旋で手に入れた車両を、直接にフェリー乗り場まで運んで、彼がフェリーの最終寄港地で受け取る段取りでだ。
【 ワインレッドの車体 】
オークションセンターで受け取った “それ” は綺麗だった。
軽トラックに積み込み、フェリー乗り場まで運んで、細部をしげしげと観察したが、年数相応の錆が各部にはあるが、ワインレッドのタンクを始めとしてコンディションは悪くなかった。
その場で何枚もの写真を撮って、メールで彼に送る時に僕からの意見を伝えた。
「 ブレーキとステアリングステム部はオーバーホールが必要 」
「 タイヤは溝は十分に残っているが、耐用年数過ぎている。即交換を! 」
そして、最後に一番肝心な事を伝えた。
「 最初は、ノーマル状態のままで、完全整備をして乗るように! 」 と。
でも、彼はその言葉の真意は理解していないだろう。
いや、実際にそうだったのだ。
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