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2010年8月16日 (月)

百歳以上“所在不明”報道の不思議


存命が確認されたならば、日本最高齢となるであろう方が“所在不明”との報道があってから一週間ほど経った。

今でこそ当初の様に“所在不明”の報道はされなくなっているが、当初は毎日の様にこの件が報道されていた。
管轄の厚生労働省大臣が国会での質疑に「私共の責任です」と答えると、堰を切ったかの様に全国の主な地方自治体の担当者が毎日の様に“所在不明者”の人数を発表し、「責任を持って確認にあたります」という弁明に追われていた。

果たして、こんな一方的な判断基準でもって報道して良いのだろうか。

At066_l そもそも、何故 どんな基準によって百歳以上の人を対象にする調査になっているのだろうか?
法律的に “百歳以上” という縛りがあるのだろうか?
何故、多くの自治体が“横に倣え”よろしく “百歳以上” での調査発表をしているのであろうか?

年金受給開始年齢の 65歳や、問題視されている“後期高齢者”は 75歳以上という区切りはあるが、百歳以上には何ら法律上の区切りはない筈である。
あるとすれば、各自治体が独自に行なっている“長寿祝い”の区切りが 百歳になっている場合も少なくない程度だ。

それ以上に不思議なのは、行政の責任だけであるかのように報道している姿勢である。

本来、住民には住居地の自治体(役所)へ 「転入」 や 「転出」 の届け出をする責任がある筈である。
それを基にして、年金の手配だけでなく、選挙の際の投票案内や国勢調査がなされるのだから。
つまり、出生に始まり死亡まで、適切な処理・届け出をする責任は行政にあるのではなく、国民・市民の一人一人にあるのだ。

もちろん、以前より人間関係が疎遠となったため、家族や近隣住民に気づかれずに独居老人が孤独死するという例は多くなっているのかも知れない。
しかし、疎遠な人間関係を生んだのは行政の責任だ!と言うのだろうか。

国民が本来果たすべき責任を無視して、「行政が悪い」 「行政が何とかしろ!」という圧力を高めていけば、大きな政府や重い税負担へと容易につながる事は誰でも理解できる事であり、私はそういう方向へと意識や行政が向くのは全く歓迎できない。

それよりも、国民が果たすべき責任を今よりも容易に果たせる仕組み(選択し)を整えたり、責任を果たさなかった際には不利益を負う仕組みを導入するべきだと思う。 

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