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2008年3月の投稿

立ち居振る舞いに“心”を

何気無く立っている時や、所在無くぼう~としている時、雑踏の中を歩く時、そんな時に“人” が見えてしまう事って良くあるように思います。

通勤は電車ですが、よく他の乗客の方々を観察(失礼!見学でしょうか)しているのですが、人としての “意識” や “心” が希薄な方が多いように感じますし、それは雑踏の中を歩いている時でも同じです。

いや!別に 「心が無い人ばかりだ!」 と言っているのではなく、「生きている人としての輝き」 が見えない程に希薄な方が多い ・・ と感じる次第です。

周囲の人々や周囲で起きる様々な事象に対して さほどの関心も払わず、かといって 「瞑想」 の様に真理を求め自己の心の中に深く入り込むわけでもなく、煩悩の世界の中で周囲に対して 「我関せず」 という方々、決して美しくありません。

例え満員電車の中で立っている場合でも、人であり “心” があるモノとして “美しさ” や “魅力” がある人として生きていきたい。
例え雑踏の中で歩く場合でも、“心”ある人 魅力ある生き方の人とのすれ違いを期待し、相手の期待を裏切らない人でいたい。

言葉を交わすわけでもなく、目線が交わるわけでもないのですが、そんな魅力ある生き方を日常の立ち居振る舞いの中でもにじみ出ている人に出会えた日はとても幸せな気持ちになれるものです。

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